小説

【小説レビュー】「慈雨」:柚木裕子 -過去の悔恨-

 

 

小説は人の心の模造品

 

私はこう思いながら、いつも読書をしている。

 

小説の中で登場するキャラクターたちは、それぞれの心の赴くままに行動し、ストーリーが展開していく。

 

文章だけで構成される特徴のおかげで、小説はアニメや映画などの媒体に比べて、心情描写が多彩で、その分量も多くなりやすい。

 

そして、その心情描写を描いているのは他でもない作品の著者である。

 

私は小説家ではないので断言できないが、心情を描くうえでの基盤になるのは、その人の過去の経験や体験だと思う。

 

つまり小説は作者の感性が、より直接的に表れる作品だと思う。

 

 

本作「慈雨」は警察官を定年で退職した主人公が、現在進行形で起こっている事件を通して、類似した過去の事件を紐解いていくというものである。

 

作者の柚木裕子さんは -いろいろ調べた結果- おそらく警察に関連する仕事の経験はないと思われる。

 

それなのに、どうしてここまで警察官の心の内を描くことが出来るのか。

 

このことが、読書中ずっと頭の中から離れず木霊していた。

この作品を書いたのが元警察官で、もともと仕事として働いていたということなら全然理解できる。

 

しかし、生粋の小説家である彼女が、ここまで鮮明でリアルな感覚を伴った心情表現がされていることに驚きを隠せない。

 

はたして彼女が刻んできた人生の重さが違うのか、はたまた誰かから見聞きしたことを基に作品を作っているのかは分からない。

 

しかし、自分にはできないだろうなあ、としみじみ感じた。

 

物語を紡ぐうえで必要になる能力の1つなんだろうな、と思った。

 

 

さて本作では、自分が犯した過ちを悔やむ主人公の姿が描かれている。

その内容自体は、警察官として勤めていた人のみが共感できるものだろう。

 

しかし、その過ちに向き合い、自分への批判を厭わず真実を暴いていく姿には、多くの人が憧れるのではないだろうか。

 

事件の真相とともに、登場人物の心情を追っていくうえで得られる共感が、本書の魅力の一つだと思う。

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